若者とオッサンの狭間で思うこと:28歳記念

私ごとですが、本日をもって28歳になりました。

「おめでとう」のメッセージをくれた皆様、本当にありがとうございます。メチャ喜んで物凄い勢いで踊ってます。のまのまイェイ

20代後半も4年目ですよ。いよいよ30代の背中が見えてきましたね。いやー、感慨深いです。

28歳といえば、若者といえば若者だし、オッサンといえばオッサンという、中途半端な年齢です。

そんな「若者とオッサンの狭間」にいる自分には、最近よく考えていることがあります。今日はそれについて掘り下げて書いていけたらな、と。

誰得な内容になってしまうかもしれませんが、最後までお付き合いいただけたら幸いです。

今は歳をとるのが楽しみだけど、30代・40代になっても思考はそのままなのか?

実は子供の頃から今日までずっと、歳をとるのが楽しみなんですよね。

どんな生き物も、生まれたら必ず死に向かっていく運命です。

それは絶対に抗えない事実なので、せめてその過程である「歳をとる」ことくらいは、悲観せずに楽しんだ方が得だと思っているからです。

というわけで、割と人生の早い段階で「歳をとるのが楽しみ」なスタンスにシフトしたのですが、これが30代・40代になった時、果たして同じ思考のままでいられるのでしょうか?

要するに「オッサンになっても歳をとるのが楽しみでいられるのか?」ってのが疑問です。

20代の今の自分はもちろん歳をとるのが楽しみですが、それは若さ故の余裕なのかもしれません。

オッサンになってもなお、そんなことを思っていられるのか。それが非常に興味深いですね。

ってことで結論としては、現状はオッサンになるのが楽しみです。オッサンになった自分の思考に触れる日が待ち遠しいですね。

若者ではなくなった時、果たして何者になってしまうのか?

年齢的な意味では、10代後半〜20代が俗に言う「若者」だと認識しています。

そんな人生の若者時代も終盤に差し掛かった今日この頃によく考えるのが、「若者じゃなくなった自分は一体何者になってしまうのか?」ということです。

0歳〜10代前半の子供時代、10代後半〜20代の若者時代と、まだ若年時代しか経験していません。

「若者」のカテゴリーから外れて新たな時代に進んでいく今、期待と不安が入り交じった、新しい環境に飛び込んでいく時によくあるあの感情が芽生えています。

まぁなんにせよ、やるべきことを淡々とこなしていくのみですね。

年齢や思考が変化して若者ではない何者かになってしまうのは、人生という物語を進めていく上での強制イベントなので、抗うことができません。

それでも、自分のやるべきことをやるしかないのは、ずっと変わらないはずですからね。

GACKTさんや木村拓哉さんや福山雅治さんのようなカッケーオッサンになるために、いま何をすべきか?

オッサンになる上で特に楽しみなのが「大人の色気」ですよね。

個人的には、以下の錚々たるメンバーに憧れています。

大人の色気を身に纏ったオッサン

  1. GACKTさん
  2. 木村拓哉さん
  3. 福山雅治さん

彼らのようなカッケーオッサンになるにはどうすればいいのか?と最近よく考えています。

個人的な分析によると、彼らの共通点は「心の底から仕事(人生)を楽しんでいる」「自分らしく生きている」「身体を鍛えている」ところです。

人は体感分の時間しか歳をとらないと言われています。

人生を楽しんでいる人は歳をとらない

人生を楽しんでいる人は歳をとらない

これを前提に話を進めると、集中して過ごす1時間が10秒に感じるアレは、10秒分しか歳をとっていないことになります。

心の底から人生を楽しみ、自分らしく生きていると、1年が10日くらいに感じると思います。

彼らが今もなお若々しくてエネルギッシュなのは、年齢分の歳を取っていないからだと思います。カッケー

また、身体を鍛えてアンチエイジングに努めていることも、彼らの共通点ですね。

GACKTさんは自宅に道場がある筋肉おじさんだし、木村拓哉さんはサーファーおじさんだし、福山雅治さんはラジオでベンチプレスと下ネタのことしか話さない変態おじさんです。

やっぱり身体を鍛えるのは最高のライフハックなんですね。彼らを見ていると、つくづくそう思います。

ってことで、自分もカッケーオッサンになるべく、自分らしく人生を楽しめる環境づくりと、筋トレに励みます。

まとめ:老害にならないように慎ましく生きます

28歳になり、色々考えてはいるんですが、行きつく先は結局「老害にならないようにがんばろう」なんですよね。

これからの未来を生きていくのは若者なのに、もうすぐ死んでいく老害によって改革を妨害されてしまうのは、マジで解せないです。

「シルバーデモクラシー」ですね。ちょっと前の大阪都構想の否決とか、まさに典型例ですよね。

このように、若者の足を引っ張るジジババこそが老害であり、現代社会のお荷物です。

これってメチャダサくないですか?自分は絶対にああはなりたくない。未来はその時を生きる若者のものなんですから、オッサンは口出しするべきではありません。

年齢的な意味ではオッサンになっても、心は若者のままでありたいですね。それは老害という重病の対策になると思っています。

若者の文化に無理に追従する必要はないですが、否定し始めてしまったら、老害になります。

最近で言えば、「Tik Tok」ブームを否定している人なんかは、残念ながら老害を発症していると思っています。

自分の意見を持つのは大切ですが、ただ否定したいだけの人になってはいけません。老害は闇でしかない。そうならないように、お互い気をつけましょう。

まとまりませんが、そんな感じで28歳最初の記事と代えさせていただきます。

これからも変わらず更新を続けていきますので、今後ともよろしくお願いします。