【wowakaさんロス】平凡な日々を思うと、何かを失う気がする。

ボカロPでありバンドのボーカルギターでもあるwowakaさんが31歳という若さでこの世を去ってから、早くも3週間が経とうとしています。

自分はというと、完全にwowakaさんロスに陥っています。

余談ですが、自分が初めてボーカロイドの楽曲を好きになったのは『ローリンガール』がきっかけですし、初めて買ったボカロ楽曲のアルバムは『アンハッピーリフレイン』でした。

ローリンガール

ローリンガール

  • wowaka
  • J-Pop
  • ¥200
  • provided courtesy of iTunes

アンハッピーリフレイン

アンハッピーリフレイン

それもここ最近の話なので、ファン歴の浅い「にわか」なのですが、自分がボーカロイドを好きになるきっかけを作ってくれたのは間違いなくwowakaさんです。

それ故に、最近好きになった割には昔からのファンのように悲しみが深いです。

最近は『アンハッピーリフレイン』をよく聴いていて、その中でも『僕のサイノウ』という楽曲が、特に自分の胸に刺さっている今日この頃です。

平凡な日々を思うと、何かを失う気がする。

出店:wowaka『僕のサイノウ』

僕のサイノウ

僕のサイノウ

  • wowaka
  • J-Pop
  • ¥200
  • provided courtesy of iTunes

アップテンポだけど切なく響くような、いわゆる「泣きのロック」が大好きな自分としては、wowakaさんの楽曲はどれもツボなんですよ。

そんな大好きなアーティストの新作がもう聴けないかと思うと…、悲しいです。

同年代の死から「今こうして生きている奇跡」を再認識する

同年代の方の死に直面すると、「死」とは他人事ではなく、常に自分のすぐ隣にも存在することを再認識します。

同時に、ずっと隣にいる死と対面することなく数十年も生きてこれたこと、つまり「今こうして生きている奇跡」も再認識します。

不慮の事故や病気によって、年齢は関係なく、いつでもどこかで誰かが死んでいます。

今日の帰り道で死んでしまうかもしれないし、明日でかけた先で死んでしまうかもしれません。これは誰にでも当てはまりますよね。

誰かの死に直面するたびに言っていますが、やっぱり「この後すぐ死んでしまう」かもしれないんですから、生きることに手を抜いている暇なんてないんですよね。

「明日死んでしまう」としても、「いい人生だった」と思えるように、本気で生きなければいけません。

そうでなければ、生きながらえながらも死んでいるのと同じようなものです。ぼーっと何もしない時間を過ごすなんて、命の無駄遣いですよ。

何より、そういう生き方は近い将来にも必ず後悔を生んでしまいます。

我々が何もしていない間にも命の火は燃え続けていて、残りのロウソクは確実に減っていくんです。

最後に

平成のラストスパートは、偉大な人を失うことな多いですね。まぁ、それは後付けですが。平成の最後に限らず、我々は常に尊い命の死に直面しています。

これからはwowakaさんが残してくれた楽曲を大切に歌うことで、素晴らしい作品を後世に語り継いでいきましょう。

そうすることで、wowakaさんは人々の心の中に生き続けますから。これからも大好きです。